日本のメンタルトレーニング事情 (メンタル
トレーニング・応用スポーツ心理学研究会資料) 報告:高妻容一(東海大学
) |
| 日本体育協会スポーツ科学研究報告集・メンタル
マネジメント研究プロジェクト(1985-現在も進行中)からの報告を簡単にまとめてみ
た。この研究プロジェクトによるメンタルトレーニング研究が引き金となり、日本に
おけるメンタルトレーニング普及の基礎となりました。このことからスポーツ心理学
を背景にしたメンタルトレーニング(心理的スキルトレーニング)を勉強する人々にと
って、1985年から2000年現在まである130以上の報告の内容を理解することが、最低
限度の常識となると考えます。 |
最近、世界のおけるメンタルトレーニングのスポ
ーツへの活用は、目を見張るものがあります。1976年のモントリオールオリンピック
を境にして、その後のオリンピックでは各国がスポーツ心理学を現場に応用したメン
タルトレーニングなどを活用して効果を上げていることが報告されるようになりまし
た。
特に、1981年のカナダのオタワ、1985年のデンマークのコペンハーゲ
ン、1989年のシンガポール、1993年ポルトガルのリスボン、1997年イスラエルで開催
された国際スポーツ心理学会(ISSP)cwじめとする多くの国際学会や雑誌などで、メ
ンタルトレーニングの効果やオリンピックへの応用などが数多く報告されています。
1989年からは、国際スポーツ心理学会から派生した国際メンタルトレーニング学会
(ISMTE)もでき、1991年スエーデンのオレブロ、1995年カナダのオタワで学会を開催
し、メンタルトレーニングにトピックスを絞り、世界的な情報交換ができるようにな
りました。また1986年からは、北米応用スポーツ心理学会(AAASP)が毎年開催される
ようになり、北米を中心とした現場での応用スポーツ心理学が注目されるようになり
ました。この学会は、1996年から国際化し、国際応用スポーツ心理学会となり、スポ
ーツ心理学の現場での活用に関して世界30カ国以上に大きな影響を及ぼすようになり
ました。
現在、世界においてメンタルトレーニングを研究・実践する2つの大きな流れが国際
メンタルトレーニング学会(ISMTE)と国際応用スポーツ心理学会(AAASP)です。この
2つの流れ(動向)を理解することが、メンタルトレーニングを学び、指導する者の最
低基準の知識を持っていることになると考えます。
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このような世界のスポーツ心理学の流れに対し
て、日本では、ローマオリンピックのころから「心理的準備」に関して注目されるよ
うになり、1964年の東京オリンピック大会に対する選手強化対策として「根性」の問
題が取り上げられ、射撃では、シュルツの自律訓練法、ジェイコブソンの漸進的リラ
クゼーション法、催眠法などの臨床心理学的方法も試されました。さらに、「あが
り」の対策などの研究も行われました。その後、長い間メンタル面のトレーニングや
心理的準備に関する研究や実践は、あまりおこなわれることなく、現場では「根性」
とか「ハングリー精神」などという言葉のみでかたずけられる日々が続きました。
そして、心理的準備に関する研究が再び行われるようにあったのが1985年か
らです。この報告では、1985年から現在に至るまでの日本体育協会のスポーツ科学研
究報告集にて紹介された、日本におけるメンタルトレーニングの事情を概略として、
紹介することにします。
日本におけるメンタルトレーニング |
質問紙によるあがりの研究(1960)
射撃選手の精神統一のための自律訓練法および漸進的解緊法の報告(1961)
スポーツにおける精神面のトレーニング(1961)
射撃選手の精神的コンディションの整え方に関する生理心理学的根拠の探求
(1962)
スポーツマンの精神的自己鍛錬の方法に関する研究(1962)
ライフル射撃選手の神経筋のリラクゼーションによる技術およびコンディションノ調
整(1963)
あがりに関する基礎的研究(1968)
あがり防止法についての研究:スポーツにおける心理的コンディショニング
(1971)
あがり防止の臨床心理学的研究(1972)
(日本体育協会スポーツ科学委員会研
究報告書から)
このように日本では、比較的に早くから「あがり」、「精神
統一」、「精神的コンディショニング」、「リラクゼーション」などのメンタルトレ
ーニングや臨床心理学に関する研究に取り組んでいるものの、ほとんどは射撃に限ら
れたものであったようです。結局、一般的に普及はしなかったし、体力や技術中心の
トレーニングが行われ、心理的強化と言うよりは、精神主義・教育として考えられ、
厳しい練習により精神的に強くなるというような考えが普通であったようです。その
後、メンタルトレーニングに関するような研究や応用は、中断された形となり、日本
のスポーツ界においてもあまり注目されなくなりました。
その後、モントリ
オールやロサンジェルスオリンピックにおいて、各国がメンタルトレーニングを応用
して成果をあげたという報告がなされるようになりました。たとえば、ソビエトや東
ドイツでは、何か従来と違うことををやっているようだという報告がされるようにな
りました。1981年にカナダのオタワで開催された国際スポーツ心理学会では、メンタ
ルトレーニングというテーマが話題になりました。米国では、USオリンピック委員会
のスポーツ医学委員会において、一流競技者プロジェクト(Elite Athletes
Project)が作られ、オリンピックスポーツに心理学が応用されるようになりました。
また、スエーデンでもメンタルトレーニングを実施して効果を上げているなどの報告
がされました。特に、アメリカがロサンジェルスオリンピックに対して11名のスポー
ツ心理学の専門家をつけ、13種目にサポートをし、多大な成果を上げたことがわれわ
れの耳に入ってきました。
一方、ロサンジェルスオリンピックにおける日本の選手を外国の選手と比較する
と、自己新記録や日本記録を出した選手がきわめて少ないことが注目されました。た
とえば、陸上競技において15種目23選手中、自己記録を更新したのが1人、水泳にお
いては、リレーを除いて参加した選手38人中に10人が自己新記録を、ウエイトリフテ
ィングが9人中2人、ライフル射撃が13人、アーチェリーは、0人などという結果でし
た。このような背景から、日本でも選手の精神力強化のために、メンタルトレーニン
グのプロジェクトを組むことになりました。
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日本体育協会スポーツ医・科学研究として「スポ
ーツ選手のメンタルマネージメントに関する研究」 (第1報)
1985年
に日本体育協会スポーツ医・科学研究として「スポーツ選手のメンタルマネージメン
トに関する研究」で17名の中央企画班が編成され、このメンバーを中心として10
の小プロジェクトをつくり、約50名以上のスポーツ心理学者が研究を進めました。
その具体的な内容は下記の通りです。最初の年は、次の4つの分野において研究が行
われました。 |
日本体育協会スポーツ医・科学研究として「スポ
ーツ選手のメンタルマネージメントに関する研究」 (第2報)
この年の
プロジェクト研究は、メンタルマネージメントのプログラム作成に重点がおかれた。
そして、ソウルアジア大会へ参加する選手を対象として、このプログラムが実施され
た。 |
日本体育協会スポーツ医・科学研究として「スポ
ーツ選手のメンタルマネージメントに関する研究」 (第3報)
この年、日
本体育協会にオリンピック強化指定制度(オリンピック強化指定選手・特別強化指定
選手)ができ、カルガリ、ソウルオリンピックに向けて、選手を医・科学的にサポー
トする体制ができました。
また、このメンタルマネージメントプロジェクトは、種目別のプログラム作成とそ
の実証研究や各スポーツ種目へのトリートメントも始まりました。
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日本体育協会スポーツ医・科学研究として「スポ
ーツ選手のメンタルマネジメントに関する研究」 (第4報)
この年は、ソ
ウルオリンピックが開催された年であり、このプロジェクトメンバーがオリンピック
前の合宿や練習、そしてオリンピックに参加し、いろいろなトリートメントを行いま
した。さらに、オリンピツク後の選手への心理的調査を実施し分析をしました。
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日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「チームスポーツのメンタルマネジメントに関する研究」(第1報)
日本
体育協会スポーツ医・科学研究として「スポーツ選手のメンタルマネジメントとに関
する研究」に続いて、新しく1990年より日本オリンピック委員会スポーツ医・科
学研究の「チームスポーツのメンタルマネジメントに関する研究」プロジェクトが開
始されました。第1年次は、チームのメンタルマネジメントに関する文献調査や海外
調査、心理的診断法の検討などの基礎的研究に加え、チームスポーツのメンタルマネ
ジメントの第1段階としての調査を中心とした研究が実視されました。
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日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「チームスポーツのメンタルマネジメントに関する研究」(第2報)
第
2年次は、前年度の基礎的研究をさらに発展させ、診断検査の標準化や新たなトレー
ニング法を開発するための実験的研究を加えました。また種目別の実践的研究におい
ては、最終的にオリンピックの心理的サポートにつながるよう競技におけるフィール
ドワークを中心に進めました。さらに海外調査では、米国を中心に、研究を実践の場
に移す際に必要な組織やシステムなどの情報が集集されました。 |
日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「チームスポーツのメンタルマネジメントに関する研究」(第3報)
第3年
次は、研究プロジェクトの最終年次にあたり、今までのまとめとなります。
チーム心理診断テスト(SPTT)利用の手引き作成は、競技の現場で実際に利用可
能になるように手引き書の作成、および採点のコンピューター処理プログラムの作成
が行われました。またチームの認知的メンタルトレーニングについては、前年度の結
果に基づき、さらに実用化をめざしてトレーニング内容、評価法の改良を試みまし
た。さらに種目別メンタルマネジメントに関しては、バルセロナオリンピックの年で
もあり、最終的に大会までのサポートを実施しました。 |
日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「ジュニア期 のメンタルマネジメントに関する研究」(第1報)
この
プロジェクトは、ジュニア期のメンタルマネジメントの適切な方法を探るための基礎
的な研究と、実際にジュニア選手の心理的サポートを実践しながら、データを収集す
るフィールド研究(応用研究)とに大きく分けて実施されました。
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日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「ジュニア期 のメンタルマネジメントに関する研究」(第2報)
こ
のプロジェクトは、ジュニア期のメンタルマネジメントの適切な方法を探るための基
礎的な研究と、実際にジュニア選手の心理的サポートを実践しながら、データを収集
するフィールド研究(応用研究)とに大きく分けて実施されました。
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日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「ジュニア期 のメンタルマネジメントに関する研究」(第3報)
本年度
は、ジュニア期のメンタルマネジメントに関する研究の最終3年目となる。
前の2つのプロジェクトの継続となるが、特にトップレベル選手への準備段階にある
ジュニア期の選手を対象としたメンタルマネジメントの効果的な方策を探ることが目
的でした。 |
日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「冬季種目の メンタルマネジメントに関する研究」(第1報)
日本で
は、3回目の地元オリンピックとなる長野オリンピックが1998年に開催されま
す。過去を振り返ってみても、地元開催の有利さの反面、国民の期待やマスコミによ
るプレッシャーなど心理的に不利な条件もあります。このような状況を考慮しながら
日本オリンピック委員会の選手強化対策の一環として、このプロジェクトが計画され
ました。今回の研究プロジェクトは、1985年から継続して行われてきたメンタル
マネジメントの研究シリーズの一環であり、冬季種目の特徴条件を考慮しました。
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日本オリンピック委会スポーツ医・科学研究の
「冬季種目のメンタルマネジメントに関する研究」(第2報)
長野オ
リンピックでの心理的サポートや基礎研究などが実施されました。
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日本オリンピック委員会スポーツ医・科学研究の
「冬季種目のメンタルマネジメントに関する研究」(第3報)
この冬季種目
の研究プロジェクトの3年目のまとめとして、基礎研究と種目別のサポートが実施さ
れました。特に、指導者のストレスマネジメント、マスコミの影響、リュージュ、ジ
ュニア期のスキー選手、フィギュアスケート、クロスカントリー選手の心理的サポー
トなどの研究が報告されました。 |
以上が日本のメンタルトレーニング(この報告で
はメンタルマネジメントという言葉を使用)の大きな研究動向を簡単にアウトライン
だけにまとめたものです。ここでは、日本体育協会と日本オリンピック委員会のスポ
ーツ医・科学研究での4つのメンタルマネジメントプロジェクトを中心に報告しまし
た。この報告は、日本体育協会スポーツ科学報告集に記載してあります。しかし、ほ
とんどのコーチや選手がこんな報告書があることさえ知りません。つまり、1億円前
後の予算でこのような研究をしても、現場のコーチや選手が知らないという状況があ
ります。またこの報告書の内容がどれだけ現場で活用されているのかという疑問もあ
ります。しかし、このメンタルトレーニングの研究としては、世界的に見てもすばら
しい内容だと思います。
ただ、現場への応用や実践という面において、オリンピックチームなどへの心理的サ
ポートが十分でない状況が見れます。これは、メンタルトレーニングを指導できる専
門家がいないこと、ただ運動学習やスポーツ心理学を専攻したというだけの研究者が
関わっていることにも原因があります。つまり応用スポーツ心理学やメンタルトレー
ニングの正式なトレーニング(研修)を積んだ、研究者や専門家が日本にはまだほと
んどいないということがあげられます。これには、体育系スポーツ心理学専攻の大学
院レベルでの教育システム・指導者育成システムの整備が必要なことを示唆していま
す。しかし、このプロジェクトの影響で日本では、少しづつではありますが、メンタ
ルトレーニングや心理的サポートなどの応用スポーツ心理学の重要性が認識されるよ
うになりつつあります。
現在は、シドニーオリンピックに向けての心理的サポートのプロジェクトが
進められ、多くの競技がメンタルトレーニングや心理的サポートを受け入れて欲しい
と思います。そのためにも、メンタルトレーニングを指導する側の「指導テクニック
や知識」、心理的サポートをする場合の「現場のニーズ」に答えれるかが、現場での
受け入れに大きな影響を及ぼすのではないかと思います。一方、現場ではスポーツ心
理学の背景のないメンタルトレーニングや自称専門家が現場での混乱を招いている事
実もあり、ようやく日本スポーツ心理学会が「メンタルトレーニング指導士・指導士
補」という資格制度を2000年4月からスタートし、日本におけるメンタルトレー
ニングの「質の向上」に貢献して欲しいと願っております。また、国際メンタルトレ
ーニング学会の日本支部会として、「メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研
究会」が1994年7月にスタートしました。この研究会も日本におけるメンタルト
レーニングの「質の向上」や「情報交換や情報の提供」を目的に活動しています。
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最後に、この報告書にある研究成果をいかにして
活用するかがこれからの課題だと思います。もし、メンタルトレーニングに関わる人
で、この報告書全部を読んでいないとしたら、今後メンタルトレーニングに関わって
欲しくないと思うのが本音ですし、今からでもこれを読めば多くの情報や知識を得る
ことができると思います。ただし、日本レベルであることも認識してください。世界
レベルでは、これ以上の研究やサポートが何十倍の量としてあるからです。書店にな
らべてある本だけでは、不十分です。講習会を何十時間受講しただけでも不十分で
す。まして自分の考えや経験をもとにしてやるだけでも不十分です。中には、スポー
ツ心理学と全く関係のないメンタルトレーニングをしている方もいます。メンタルト
レーニングに関わる方は、もっと勉強をして欲しいと思います。
きついこと
を言うようですが、北米では、スポーツ心理学の博士号取得者でなければメンタルト
レーニングの専門家・指導者としてのライセンスがでない状況です。これを読んだ方
は、日本レベルでさえもこんなことをしていたという理解をして欲しと思います。メ
ンタルトレーニングの奥が深いこと、これだけの予算と多くのスポーツ心理学者が研
究をし、それらのデータを背景として、またデータを活用し、メンタルトレーニング
が成り立っていることを認識してもらいたいと思います。
このように日本におけるメンタルトレーニングの研究や実践は、少しずつではあるが
多くなってきています。また、メンタルトレーニングに関する多くの本が翻訳されス
ポーツマンや人々に読まれるようになりました。しかし、現場での応用や活用といっ
たところで多くの問題を抱えています。特に、コーチや選手がメンタルトレーニング
に興味を示さない、興味を示しても指導を受ける専門科や指導者が少ない、日本の伝
統的な練習法が邪魔である、コーチや選手は、技術や体力トレーニングを重視する傾
向にある、メンタルトレーニングとは違う同じ名前の「日本式メンタルトレーニン
グ」が現場に広がっている、そして経済的な問題など米国をはじめとする諸外国が直
面したと同じ間違いを繰り返していることも事実です。一方、メンタルヘルスの問題
もクローズアップされ、現場での混乱を招いているようです。
今後の対応として、特に、日本では、コーチと選手の関係が特殊であるため
にメンタルトレーニングのコーチへの指導が不可欠であると思います。最近、コーチ
に対するメンタルトレーニングの本が翻訳されたり、スポーツジャーナルで特集が組
まれたりして、一般のコーチやスポーツマン、そして人々にもメンタルトレーニング
の情報が流れるようになりました。しかし、コーチに対するよりいっそうの「質の高
い」情報提供が必要であると思います。また、スポーツの現場からの要請のほとんど
が「競技力向上」であり、研究と現場でのサービスとの区別を明確にしなければ、現
場からの不満がでてくるものと考えられます。
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